月の抒情、瀧の激情
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毎日新聞「余録」──名指しの「神頼み」を読む

▲毎日新聞「余録」【20110406】
2011年4月6日付『毎日新聞』朝刊の一面コラム「余録」に、福島の原発事故とからめて瀬織津姫の名が、次のように登場しています。
神社で唱えられる大祓詞[おおはらえのことば]という祝詞には瀬織津姫[せおりつひめ]という神が登場する。この神は流れの速い川の瀬にいる。そして神々が遠い山の上から川に流す人の世の罪やけがれなどの禍事[まがごと]を大海原まで運ぶのだという。では海でその禍事はどうなるのか▲潮流の渦巻く海原には別の神がいて、それらを受け取ってのみ込んでしまう。罪やけがれはさらに別の神々がリレーのように引き継ぎ、海底から根の国──つまりあの世へ送り込まれて消滅する。人の世の禍事は川に流せば神々が異界へと運び去ってくれたのである▲生命の母なる海に囲まれ、豊かな水で潤される列島に暮らしてきた日本人だ。汚れた水も海に流して浄化してきたのだが、今度ばかりはそのご先祖も顔をしかめよう。福島第一原発事故での放射性汚染水の海洋流出である▲高レベルの放射性汚染水の漏出が続く原発では、その保管先を確保するために施設内の大量の低レベル汚染水が海へと放出された。高レベルの汚染水を施設内部にとどめ、原子炉の安定化作業を前進させるためにはやむをえない選択だったと東京電力は説明している▲なお続く高レベル汚染水漏出に対しても漏出部への止水材投入や、拡散防止のためのフェンス設置などあの手この手の対応が続く。専門家は今のところ海産物による健康被害のおそれはないというが、茨城県の漁協は放射性物質が検出されたコウナゴの漁を中止した▲人が流すさまざまな禍事を海へ運んできた瀬織津姫も放射能ばかりはごめんだろう。ここはどうか人の繰り出す処理策への加勢と、高レベル放射線を浴びる現場作業員への加護をお願いしたい。2011・4・6
地震→津波、そして福島における原発事故、さらに放射能恐怖による風評被害と、被災が幾重もの層をなし、かつ波紋のように拡がっています。
引用のコラムは、ともかく原発事故の収束をという気持ちで書かれたものでしょうが、それにしても、予期せぬ文脈で瀬織津姫という神の名が記されています。
大祓詞には、「瀬織津比神」のほかに、「速開都比[はやあきつひめ]神」、「気吹戸主[いぶきどぬし]神」、「速佐須良比[はやさすらひめ]神」といった神々が登場してきます。コラムの筆者は瀬織津姫の名を記すのみで、あとの三柱神については「別の神」「別の神々」としています。
筆者は末尾で、瀬織津姫神に対して、「禍事」を海へ流すといった役割を超えるものとして、「ここはどうか人の繰り出す処理策への加勢と、高レベル放射線を浴びる現場作業員への加護をお願いしたい」と結んでいます。こういった「加護」を願われる神という性格は、大祓詞にはみられないもので、コラム筆者はそれなりに瀬織津姫という神を理解しているようです。
当初は、国家的な禍事を祓う神というように、朝廷・国家の都合で大祓詞に封印されたという経緯がありましたが、原発事故にからめて「加護」への願いが大新聞の一面に記されたことは、正直いって驚きです。
白山の美濃側における秘蔵史料「白山大鏡」(上村俊邦編『白山信仰史料集』所収)に、「瀬織津比と云う神、苦業の因[もと]を救うべし」という願いが書かれてはいましたが、これは朝廷・国家のご都合主義を理解・認識した上での信仰祈願でした。
コラム筆者は、神道世界における大祓詞を既定のものとし、瀬織津姫一神に名指しの「神頼み」をしています。願いの趣旨はわからぬではありませんが、原発事故の収束問題は、基本的には、原子力政策に便乗してきた科学の存亡を賭けた課題のはずで、ここに「神頼み」をもちこむのは筋違いとおもわれます。政治的に創作された大祓詞からはみえませんけれども、瀬織津姫は、川神であるばかりでなく、もともと海の女神であることを添えておきます。
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